自分の体の”ゆがみ”気になりませんか?

お知らせ

端午の節句

こんにちはデカ眼鏡です。

さぁ桃の節句も終わり、東大寺のお水取りも終わりいよいよ春が近づいてきました。

未だ桜も咲いていないですが一足早く端午の節句について今回は調べてみました(^^)v

 

そもそもいつ頃からの風習なんでしょう?

端午の節句は、奈良時代から行われている古い行事です。 

端午というのは、五月の初めの午(うま)の日という意味です。それがいつのまにか五月五日に固定されてしまいました。 

 

奈良・平安時代の端午の日は、災厄を避けるための行事が行われる重要な日でした。 宮廷ではこの日、軒に菖蒲やよもぎを挿し、臣下の人々は菖蒲を冠に飾ったり、菖蒲の葉の薬玉を柱に下げたりしました。 鎌倉時代には、武家の間から菖蒲と尚武をかけてこの日を大切にする気風が生れました。 江戸時代には、端午は幕府の重要な式日となり、大名や旗本は江戸城に出仕し将軍にお祝を述べました。 将軍に世継が生れると、城中にたくさんの幟や作り物の遣り、長刀、兜などを立てて盛大にこれを祝いました。 

なるほどこの辺りから厄除けの意味や兜を飾ることが続いているのですね(@_@)

 

江戸中期になると庶民の間から町民のアイデアで鯉のぼりが生れました。中国に古くから伝わる登竜門の伝説になぞらえ、 竜門の滝を登り切ると鯉が竜になるように、我子も健康に育ち、将来は大きく出世して欲しいとの気持を込めたものです。ま た、「わが家に男の子が生まれました。どうぞお守りください。」と天の神様に伝え、守っていただく意味があるとも伝えられています。

この頃には完全に男の子の行事になってますね。更に元気に育ってほしい等の意味合いも強くなりました(゜゜)

 

この頃は和紙に鯉の絵を描いたものでしたが、大正時代に破れない綿の鯉のぼりが生まれ、 昭和三十年代の半ばには雨にぬれても色落のしない合成繊維の鯉のぼりが誕生し、現在に受継がれています。

やっぱり日本の行事は宮廷や武家の風習が庶民に広がりアレンジや工夫が加わり続いているんですね。この先もっと進化するかもですね~ヽ(^o^)丿

 

~お知らせ~

現在、午前は10時30分頃~11時30分頃、午後は5時台~6時台がスムーズにご案内できますので時間に融通の利く時には参考にしてください。

また土曜日は予約はありますが早い時間でもスムーズにご案内できることがありますので予約の無い方でも大丈夫ですよ。

 

また、前日まででしたら予約も出来ますのでご利用ください。